一輪のシアワセ

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野の花診療所

何度も観たい映画があるように、何度も読みたい本が、いろいろあります。

何度も読みたくなる作家の一人であり、何度読んでも、読むだびに涙し、温かい気持ちにさせてくれる本に・・・徳永進医師のものがあります。少し行き詰まったとき、心がささくれたと感じるとき手に取りたい本があることは幸せなことです。

徳永医師の著書は、医療の現場で見つめたこと、関わった患者さんや家族のエッセイに留まりません。が、とりわけ患者さん一人ひとりに寄り添う先生の眼差で切り取られ、(患者さん自身の言葉で)語られる、一人ひとりの命の重さ、その人々の人生の豊かさに、わたしはいつも心を打たれます。平凡なわたしたちの人生の最期に光が当てられることは、そうそうあることではありません。それゆえに彼等の「死」を通しての「生」を身近に感じ、飾らないありきたりの日常の大切さや、ありがたみがストレートに迫ってくるのかも知れません。

総合病院の勤務医だった徳永医師は、2001年鳥取市内にホスピスケアのある19床の「野の花診療所」を開設されました。いつかそんな時が来るのでは、とぼんやりと思っていたことが現実となって、しかも、その新しい診療所の名が「野の花診療所」と知ったときは、あぁ・・・と、合点がいったと同時に、とても嬉しかったものです。(居心地のよい診療所の空間、温かい取り組みはHPで見ることができます)

診療所開設の経緯に触れておられるエッセイから、その一節を紹介します。

エッセイ「野の花の一日」第1回 「空に帰る (HPより抜粋)

何かふに落ちないことがあるのは確か。現代の社会に。教育や行政や医療に。ふに落ちないなら、自分にふに落ちることをやってみろって、誰かが言ってくる。それに答えるしかない、と思っていた。

模擬患者(SP)養成講座(第2回)を受講した丁度今日、「あるがまま」さんの記事に「寄り添う」ことが書かれていました。それにまつわることを、書いてみたくなりました。今日は長女の誕生日だったので、ささやかなケーキの写真を用意していましたが。

徳永医師の患者さんに「寄り添う」姿は、一読者であるわたしにまで寄り添ってもらえているような安心感を与えてくれました。医療者が援助者であるために、患者の立場からの要求とは別のかたちで、何かわたしなりの関わりができないか・・・そう考えて受講を決めた自分の中に、乳癌を患った親友とともに語り合い考えたこと、そして徳永医師の存在も大きいことを、今日はまた改めて強く感じています。いつか時間をかけて書きたいと思っていた「野の花診療所」が、思いがけず今日になりました。時間ばかりかかって、もどかしいばかりです。自分の日常のなかで「寄り添うこと」が、とても難しいように。

野の花診療所HPには、エッセイ「野の花の一日」に続き、「野の花の人々」も綴られています。
どの章も、読みやすい、やさしい文章です。
http://homepage3.nifty.com/nonohana/index.html

「がんばらない」が大きな話題になり、「あるがままを受け容れる」ことにも触れられている鎌田實医師の情報も加えてみました。図書館で本の予約の順番待ちをしたあれから・・・もう10年近くも経ったのかと驚かされます。
http://www.sut-tv.com/terakoya/kougi/no1350/kougi.htm

鎌田實公式HP(コンテンツにブログもあります)
「あきらめない」には、血のつながっていないお父さんのことも書かれていて、これにも涙がとまりせんでした。。。
http://www.kamataminoru.com/

書いては消し、書いては消しの繰り返しの中で、20代後半で膠原病で亡くなったわたしと同い年だった友人のことを、久し振りに思い出しました。

「転院を薦められるけど、わたしは今の先生を信頼しているから、命が短くなっても最期まで先生に看て貰う」と彼女がわたしに打ち明けてくれました。若い男性医師で、年齢が近いせいもあってか「冗談を言って笑いあえる」とも聞いていました。回診時に挨拶程度で席を外していたので、お顔も思い出せません。ただ、今でも患者さんとそんなやり取りや信頼関係が結ばれていて欲しいと願わずにはいられません。


そして今日、乳癌検診結果が届きました。
「判定は異常なし」とあっても、少しの間わたしのドキドキは治まりませんでした。
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by nonisaku-hana | 2009-07-24 23:26 | books
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花鳥風月を友とし、ささやかな幸せを喜び感謝するわたしの大切な日々。


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